昭和は遠くになりにけりーー小林昌三
“挑戦するシニア” みなさま へ
昭和の名女優 原 節子さんが95歳で 9月5日亡くなられた と報道された。
ご存じの様に、品のよい、目鼻立ちのハッキリした日本人離れした 美人女優さんでしたね。
私達の世代で まだ 訃報を聞かないのは 八千草 薫さん、香川京子さんぐらいになってしまった。
戦後間もない頃、『青い山脈』 『東京物語』 で一躍有名になった。当時の映画館は バラックに毛の生えた程度のお粗末なもの、それでも 夢中になって観たものである。
東京都心には 都電が、地方には市電が走っていた時代である。
吾等の年代の方なら お分かりと思うが、 都電の ⑩番 渋谷ー三宅坂経由ー九段上ー須田町
⑫ 番は 新宿ー四ッ谷-市ヶ谷ー神保町経由 岩本町 駅まで。共に 一両編成、朝晩はほぼ満員
状態だった。
その後、確か 昭和40年(1965)頃だったか(?) 線路が アスファルトで埋められ、都電は廃止になり、車社会に 変わった。 た だ、都内では 今でも 一箇所だけ 早稲田あたりから 池袋あたり
まで 都電が走っているらしいが・・・・。
もちろん 山の手線、京浜東北線、中央線、湘南電車、横須賀線 などは 当時から走っていたが、車両も今日ほど キレイでなく、停発車時 刻も 今ほど正確ではなく、走行間隔もやや 長かった様に思う。 冬の寒い時期は オーバーコートを着込んだ乗客を電車に押し込める 押 しや が各駅に居て 活躍したものである。
映画では 池部 良・長谷川一夫・佐田啓二・鶴田浩二・高田浩吉・高峰三枝子・高峰秀子・田中絹代・森 光子・浪花千栄子・青山京子・香 川京子・八千草 薫・久我美子・三田佳子・山田五十鈴 ・佐野周二 等など (敬称略)。
歌手では 美空ひばり・江利チエミ・雪村いずみ・村田英雄・ダーク・ダックス、デユーク・エイシス、春日八郎、霧島 昇・藤山一郎・淡谷 のりこ・北島三郎・青江美奈・ちあき なおみ・フランク・永井、石原裕次郎、ペギー・葉山、石井光子、芦野 宏、岸 洋子、美川憲一 等 など。(敬称略)
ラジオで 『鐘が鳴る丘』 『君の名は』 『次郎物語』 が放送され、夢中で 時間になると家族揃って聴いたものである。
白黒TV 放送が始まり、力道山が 大活躍、TV が普及しておらず、電気店の前には 黒山の人だかりだった。新幹線が走り、東京オリン ピックが開催され、 TVが急速に普及し始めたのは 確か昭和37~39年頃ではなかったか?
カラーTV放送が始まり、コンピューターが普及した始めたのも同じ頃、パソコンは 昭和40年(1965) から 生産が盛んになり、家 電各社がシェア競争に走った。 勿論、スマホなどはなく、トランシーバーが連絡手段だった。
平成も 早くも 27年が過ぎ、もうじき 28年目になる 今上天皇も 80歳を超える年齢になられ、今や 昭和は遠くになりにけ り 隔世の感 がある 今日昨今である。
昭和の大女優 原 節子さんの 訃報から そんな 昔のことを思い出しています。
豪ヒマ人 より
hayabusa | 2015.11.30 2:57
(下記は守山淳さんのコメントです)
小林さん
大変な記憶力ですね。
原節子さんの訃報はTVでも大きく取り上げられています。
都電の話は懐かしいですね。東京オリンピックが大きな契機で今の青山通り(246)は当時は都電が
走っておりオリンピックの為に道路が今の幅に拡張され都電は廃止。表参道に今でもある書店はその建
物の壁面に谷口六郎の絵が掻かれていて有名であった道路拡張でビルの半分が取り壊されました。でも
壁画を壊すのは偲びないと半分残った壁画はいまでも書店のビルにあります。
東海道にまだ蒸気機関車が走っていた時代で時々来る蒸気機関車のススの匂いを嗅ぎながら高校に通っ
た思い出もあります。正に日本が飛躍的な高度成長で三種の神器が市場に溢れた活気ある時代でしたね。
もうそれを知る人も段々と減って行く年代ですが伝説の処女の訃報は正に名実共に昭和は遠くなりにけ
り、ですね。