貴重なメルケル独首相の日本へのアドバイスーー早房長治

2015-03-13

ドイツのメルケル首相が7年ぶりに訪日した。今年6月のサミット(G7)の議長としての根回しが主たる目的だろうが、ウクライナ問題や不安定なアジアの安全保障対策をめぐっても、安倍首相とかなり突っ込んだ協議を行ったようである。「私は日本へアドバイスする立場にはない」と断りながら行った、第2次大戦の敗戦国としての近隣諸国との付き合い方や原発再稼働問題への言及は、ある意味では日本にとって厳しかったが、極めて的確なアドバイスであった。

メルケル首相は「慎重な人柄」という前評判とは違って、思い切った物言いをする人であった。かつて訪日した英国のサッチャー首相もそうであったが、率直さの点ではメルケル首相が上ではなかったか。「(敗戦後)ドイツはきちんと過去と向き合った。それがフランスなど隣国の寛容さを引き出した」という発言は、戦後70年談話問題で悩んでいる安倍首相としては最も聞きたくないものであったに違いない。それを知りながら、メルケル首相が歴史認識問題にあえて言及したの、不安定なアジア情勢に危機感を抱いていたからであろう。

岸田外相がその後の記者会見で述べたように、戦後の日独両国の近隣国に対する対応を単純に比較するのは適当ではあるまい。ナチスドイツが犯したホロコースト(大虐殺)の罪は、その残忍さや規模において旧・日本軍が中国大陸で犯した罪をはるかに上回るといえる。しかし一方で、ドイツは戦後70年間、一貫して過去と向き合い、フランス、ポーランドをはじめとする侵略した近隣諸国に謝罪を重ねた。これが両国などの寛容な姿勢を引き出し、欧州連合(EU)の発足に至る戦後ヨーロッパの安定を導き出したのである。

日本も、日中国交回復を実現した田中角栄内閣をはじめ、1970年代の三木、福田、大平内閣などいくつかの政権はアジア諸国に対する侵略という過去に正面から向き合い、それによって、中韓政府からも寛容姿勢を引き出すのに成功した。しかし、自民党右派を中心とする保守陣営には旧・日本軍の侵略行為を正当化しようとする勢力があり、その言動が日中、日韓関係を不安定化させてきた。歴代内閣でも、小泉政権は靖国参拝問題などで中国政府と対立した。そして今日、安倍内閣は日中国交回復以来初めて本格的な反中国政策を展開している。

日中間の最も厳しい対立点は歴史認識の相違であり、日韓のそれも従軍慰安婦問題を中心とする歴史認識問題である。もちろん、中国と韓国の主張がすべて正しいわけではない。しかし、安倍政権がドイツの歴代政権のように、過去にきちんと向き合っていないことが問題なのだ。「加害者」である日本が歴史に正面から向かい合わない限り、「被害者」であるアジア諸国と安定した友好関係を構築するのは不可能である。

中国の力づくの海洋進出のような覇権的政策に、日本が他のアジア諸国とともに反対するのは当然である。とはいえ、日本の主張は、歴史問題に正面から向かい合わない限り信頼されず、強い説得力を持ちえないであろう。

ドイツが22年での脱原発に踏み切ったことについて、メルケル首相は「きっかけは福島第一原発の事故だった」ことを明らかにし、「日本のように技術水準の高い国でも大規模な原発事故が起きるということは、安全な原発はありえないことを示すものだと考えた」と述べた。この発言は重い。原発再稼働にひた走る安倍首相は首脳会談でも、メルケル首相のアドバイスを事実上、無視する作戦に出たようであるが、メルケル発言に答えないままに再稼働に踏み切ることは、無謀といわざるえない。                                (早房長治)

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