日本人の価値観についてーー瀬名敏夫

2014-09-29

下記の論文は、小林昌三さんの友人、瀬名敏夫さんがある会合で講演なさったものです。少し長いですが、興味ある内容なので、紹介させていただきました。月例の勉強会で話し合ってもいいテーマです。ともかく、ご一読を。(早房長治)

日本人の価値観について     瀬名敏夫  (土曜懇談会 2014・9・22)

1.価値観とは

・個人または集団の持つ価値評価の判断(広辞苑)

・どういうものに価値を認めるかについての考え方(日本語大辞典)

何に価値があって何に価値がないかを考える中心にその主体の生存・安全の維持がある。その周りに活動や生活の安定・向上といった自利がある。さらにその外側に自分を取り巻く社会・組織との関係についての配慮がある。価値観は時代・環境・状況の変化により変動する。また、対象・テーマにより多様な価値観が生ずる。

2.日本人の一般的価値観

日本人が伝統的に保有している価値観を表わすキーワードを挙げてみる。

・性格… 勤勉、誠実、温厚、和、清潔、堅実、平常心、惻隠の情、潔い、中庸、

・行動規準…不言実行、他人に迷惑をかけない、率先垂範、約束を守る、規律正しい、お天道さまに恥ずかしくない行動、

・社会…情けは人の為ならず、陰徳あれば陽報あり、出る杭は打たれる、長いものに

は巻かれろ、人の絆、親孝行、歳末助け合い運動、

・経済…早起きは三文の徳、三方よし(売り手よし買い手よし世間よし)、損して得取れ、

自利利他、先義後利、浮利を追わず、

・リスク管理…備えあれば憂いなし、臨機応変、

・歴史認識…過去は水に流す、死ねばみな仏、

日本人の価値観は「世間」を強く意識した相対性価値観(相対性倫理)。善悪・理非曲直は一応理解するが、価値判断の絶対的な基準がなく価値を判断する原点が世間・組織・集団の意向に合わせて移動する。個人の利益より集団・組織の利益を優先する判断が多い。集団・組織からの脱落を恐れる傾向がある。世間の評判を非常に気にする。

トップの不適切な指示による不祥事ばかりでなく、トップの意向を忖度した判断・行動が企業不祥事の原因となっているケースが少なくない。

3.日本人の価値観の源流

(1)  気候風土…寒暖差の大きい四季(稲作農業・林業・漁業に適す)、島国、大陸から遠い。

(2)  仏教…諸行無常、輪廻転生、因果応報、五戒(不殺生・不偸盗・不妄語・不邪淫・不飲酒)

(3)  儒教…儒教の五常の徳(仁・義・礼・智・信)、 仁義八行(五徳+忠・孝・悌)、

(4)  神道…自然崇拝(神道の神は祖先の霊と自然)、八百万の神、氏神信仰、

(5)  武士道…家名存続、男子相続、君に忠誠、士農工商、

(6)  キリスト教文化…神の加護、隣人愛、自己犠牲、

4.外国の価値観との比較

(1)  欧米諸国(キリスト教圏)の価値観

バイブルの教えが絶対的判断基準になっている。数千年間の欧州内での抗争・競争の歴史があるので交渉術は巧みな人が多い。相手と自分の力関係を見定めながら粘り強く問題を解決して行く。また攻撃的な議論に強く一つの価値観で理論構成をしてそれが絶対に正しいとの態度で強力に攻撃してくる。日本人はすぐ守勢にまわり反論できないと自己反省してしまう。(欧米人は問題が発生するとすぐその解決法を考えるが、日本人はまずその問題の原因を追及するので攻撃になかなか転じられない、という意見もある。)

多数の民族がモザイク的に居住しており民族のアイデンティティーを大切にしている。個人主義が徹底しているので自己主張を行なわないと理解・評価してもらえない。謙虚は美徳ではない。

(2)  中東(イスラム教圏)の価値観

最後の預言者ムハンマドが神アッラーの啓示を受けて語った言葉を記録したのがコーラン(クルアーン=朗唱されるもの)。コーランの教えが価値判断の絶対的基準になっている。六信五行を守ることがムスリム(イスラム教徒)の義務。

六信(神・天使・啓典・預言者・来世・定命) 五行(信仰告白・礼拝・喜捨・巡礼・断食)、礼拝は一日5回。一夫多妻(4人まで)が認められている。女性には社会的な資格がなく選挙権・運転免許などが認められない国も多い。コーランの教えは厳しい自然環境の中で暮らして行くための生活規範である。コーランとムハンマドの言行録をベースに作られた法律がシャリア法。偶像禁止、豚肉や飲酒の禁止、罪人の公開処刑等厳格に守らせる国(サウジアラビア等)と緩やかな国(インドネシア等)とがある。シャリア法では金利を取ることは禁じられており融資は投資の形を取る。

(3)  南西・東南アジア(仏教・ヒンズー教圏)の価値観

仏教の経典と同様にヒンズー教の聖典「ヴァガバット・ギータ―」でも「正直で誠実であるべき」「他人を家族同様に思いやりを持って助けよ」「社会奉仕は人間として大切なことであり無私の気持で実施しなければならない」「社会人としての自己の義務に利益を優先してはならない」等が書かれている。インド建国の父マハトマ・ガンジーは「7つの大罪」として①原則なき政治②労働なき富③道徳なき商業④良心なき快楽⑤品性なき知識⑥人道なき科学⑦犠牲なき宗教を挙げた。しかし経典や聖典やガンジーの言葉に反して現実社会の価値観はまだ自己利益追求に基くものが多く、ビジネス倫理は極めて低い相手や地域が多い。グローバルに通用する価値観を持った人や企業が成功し発展することにより、その国や地域のレベルが次第に上がって行くものと思われる。

(4)  東アジア(中国・韓国)の価値観

グローバルに活躍している中国企業は次第に増加しているが、社会のマジョリティの価値観は自分と家族・血族の利益最優先である。そして自分の主張を通すためには相手に対する思いやりは一切無用として力で押せる限りごり押しする傾向がある。目的を達する為には汚いと思われる手でも禁じ手でもどんどん使うし、それを正当化する理屈は後からつける。自己中心の身勝手な価値観の横行する国である。中国を初めて訪問する日本人ビジネスマンの中には、中国を孔子の教えが浸透している「仁」の国と誤解し易いが、大きな間違いである。嘘をついたりだますことに罪悪感がない。「頭が悪いからだまされるのだ。だまされる側に落ち度がある」などという理屈を平気で言う。食品偽装などがいつまでもなくならないのは当然ともいえる。韓国は中国よりずっと儒教・宗教の影響を受けているが身勝手な価値観を持っているところは共通である。いつまでも過去に受けた仕打ちを忘れない「恨(はん)の文化」は朝鮮文化の特色である。日本人と違って過去を水に流さない。

5.時代と共に変わる価値観

(1)  聖徳太子以後

聖徳太子以前は自然信仰を中心とした豪族による原始的共同体が各地に散在していたものと思われるが、大陸からの渡来人がもたらした大陸文化と仏教により新しい社会体制(律令体制)が徐々に構築された。聖徳太子の十七条憲法はその根幹の思想をまとめたもの。第1条「和を以って貴しと為す。忤(さから)う無きを宗と為す」に始まる官吏の行動基準である十七条憲法が6世紀末から12世紀末までの日本社会の価値観のベースになった。

(2)  武家社会

主君への絶対的服従によるタテ社会。規律の厳守と違反に対する切腹等の厳罰により組織内での結束と管理度を高めた。 男子相続によって継承される家の概念は女性の社会的立場を狭め男性中心社会に移行させた。江戸時代になってからは鎖国により外国からの政治的・経済的・文化的影響が極めて限られるようになったので、ワインの瓶の栓を閉めた如く、日本独自の文化や価値観が熟成されることになった。

(鎖国はキリスト教をはじめとする外国の価値観の排除が主目的であった)

武家諸法度による大名の参勤交代、国替え、兵農分離による重農主義政策と

士農工商の身分制度、寺社を通じて管理する檀家制度、住所移動・職業転換の制限、共同責任の五人組制度、など徳川幕府のシステムとガバナンスは江戸時代が265年の長きにわたり存続した大きな理由である。寺子屋によって日本人の識字率は1850年当時で世界一高く、武士は100%、庶民の男子は50%が読み書きができたという。

(3)  明治維新以後

版籍奉還・廃藩置県・四民平等(武士の特権廃止)などと共に文明開化による西欧の政治/経済システム・科学技術の積極的導入で日本の近代化が急速に進んだ。それにより価値観も大きく変わった。開国により日本へ押し寄せる欧米の植民地主義に対抗するために日本も富国強兵等の政策を通して植民地主義を推進する。日清・日露戦争の勝利は次第に軍部の暴走につながり、太平洋戦争での敗戦で漸くそれに終止符が打たれる。

(4)  太平洋戦争敗戦後

敗戦によりそれまでの価値観は大きく破壊され、占領軍による米国の民主主義・自由平等・平和主義が導入される。それに続いて、象徴天皇制・民主主義・平和主義基いた日本国憲法が発布される。戦後の物資窮乏時代は1953年(昭和28年)の朝鮮戦争による景気で乗り切り、日本株式会社といわれる官民共同の努力により高度成長を遂げ、1968年にはアメリカに次ぐGDP世界第2位となる。思想面・生活面で米国文化の影響は大きく戦前の価値観は大きく変貌を遂げた。1948-53年にはベビーブームが起こり団塊の世代と呼ばれる人口の急増がある。

(5)  現代

1991年のバブル崩壊に続くデフレ期は日本の高度成長期のシステムを大きく変質させた。ビジネスのグローバル化に伴う国外での生産・販売の拡大、電子機器・精密工業・自動車などの分野における韓国・中国の勢力拡大等により、国内の雇用縮小、年功序列・生涯雇用に代わる成果主義の導入、社会保障制度に対する不安感の増大などが顕著になっている。一方、IT技術の進化によって社会の情報化は大きく進行し、もろもろの情報が一瞬で広く伝達されるようになった。それによる犯罪等の問題も大きくなっている。2011年3月11日の東日本大震災は自然リスク・原発問題・家族の絆など日本人の価値観に多大な影響を与えた。2012年末に発足した安倍内閣の女性活用方針はグローバル時代に合わせた多様化の試みの一つと受け止められる。

 

6.この50年間で大きく変化した日本人の価値観

我々の世代が社会人となった頃と現在とで価値観が大きく変わった例を挙げてみたい。

(1)  家庭

・2世代・3世代同居 → 核家族化

・冠婚葬祭の重視 → 結婚式以外は地味化

・男性中心主義 → タテマエは男女平等、家庭中心主義へ傾斜

・家事(炊事・掃除・育児)は女性の役割 → 男性も一部担当(育メン・キッチンパパ)

・長期住宅ローンで持ち家入手 → 賃貸マンションに住む人も多い

(2)  企業

・年功序列 → 大企業は成果主義・能力主義

・終身雇用 → 転職はやり易くなった

・55~60歳定年制 → 社会年金支給開始年齢に合わせ名目65歳へ移行中。

・上司の権威大 → セクハラ・パワハラ等は問題化するので部下に気を使う。

・株持ち合いによる安定株主 → 株主の発言権増大

・労働組合の活動盛ん → 全般に組合はおとなしい

(3)  社会

・国内出張・旅行が殆ど → 海外出張・旅行は珍しくない

・娯楽はカラーテレビ → 若い人は誰でもスマホ

・盛り場でたまに外人を見る → 外人・外国語はどこにでも

皆さんご自身の価値観はこの50年で大きく変わったでしょうか?

(参考)

「人類はこの危機をいかに克服するか」 安藤顕・鈴木啓允・瀬名敏夫共著

(三和書籍 2014年7月刊)

 

終章 グローバル最大幸福GGH ―幸福の尺度の提案―

GDP(Gross Domestic Product)がベースの国連・OECD等の幸福指数

ブータンの国民総幸福指数 GNH(Gross National Happiness)

グローバル最大幸福指数 GGH(Gross Global Happiness)の提唱

 

コメント1件

  • 早房長治 | 2014.09.29 3:06

    (以下は守山淳さんのコメントです)

    大変、見事に纏まっていますね。

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